信仰・歴史日本百観音秩父三十四箇所

秩父札所4番 金昌寺|大わらじの仁王門と子育観音と1,000体を超える石仏

信仰・歴史
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参拝日:2026年10月12日(月)

 金昌寺は、秩父三十四箇所の4番札所で、「石仏の寺」として知られています。大わらじの掛かる仁王門をくぐると、境内のあちこちに1,300体を超える石仏が並び、本堂の脇には子育観音が祀られています。この記事では、縁起と石仏の由来、御詠歌、アクセスをまとめています。3番常泉寺から歩いて20分ほどで、石仏を見ながら奥の院まで一巡できる札所です。

金昌寺の歴史と信仰

1,300体を超える石仏が並ぶ「石仏の寺」

 金昌寺は、秩父市山田にある曹洞宗の寺で、山号を高谷山(こうこくさん)といいます。秩父三十四箇所の4番札所で、3番常泉寺から横瀬川を渡り、1.4kmほど進んだ山田の里にあります。

境内には、江戸時代に奉納された石仏が数多く並び、「石仏の寺」として親しまれてきました。境内の石仏群は、昭和34年(1959年)3月20日に「札所四番石仏群」として埼玉県の有形民俗文化財に指定されました。寺そのものも、昭和40年(1965年)に秩父市の史跡に指定されています。

長享の番付では25番「荒木」の札所

 長享2年(1488年)の年紀をもつ「長享の秩父札所番付」では、この札所は25番の「荒木」として載っています。今の4番とは、番号も呼び名も異なります。

 金昌寺は、古くから「荒木寺」「新木寺」とも呼ばれてきたとされています。御朱印の墨書にも「新木大悲殿」と書かれ、新木は寺の周辺の地名です。荒木の名は、次の縁起に登場する荒木丹下にちなむとも伝えられています。

 秩父札所全体の成り立ちは、秩父三十四箇所のまとめ記事で紹介しています。西国・坂東と合わせた百観音については、日本百観音のまとめ記事をご覧ください。

観音が娘の巡礼に姿を変えた荒木丹下の縁起

 昔、この地に荒木丹下(あらきたんげ)という欲深い男がいたと伝えられています。ある日、旅の巡礼が食べ物を求めて訪ねてきました。丹下は、米は神のものだから仏を信じる者には渡せないと言い、巡礼を打ちすえたといいます。

 巡礼は怒ることなく、人はみな神から生まれたもので、自分を打つのは神を打つのと同じだと静かに説きました。丹下は返す言葉がなく、心を改めて出家し、本尊の供養に励むようになったといいます。観音菩薩が娘の巡礼に姿を変えて丹下を諭したと伝えられています。

 この縁起は、江戸時代の末に出た札所の霊験の絵入り本『観音霊験記』にも描かれています。本堂には丹下の縁起を描いた絵も掲げられ、参拝の折に見ることができます。

本尊は室町時代の作とされる十一面観音

 御本尊は十一面観世音菩薩の立像で、高さは107cmあります。室町時代の作とされ、奈良時代の僧の行基が彫ったとも伝えられています。

 ふだんは公開されていない秘仏で、12年に一度の午歳総開帳の年に御開帳されます。

仁王門は2階に五百羅漢を祀る楼門

 境内の入口に建つのは、朱塗りの仁王門です。上下2層の楼門で、左右に金剛力士像(仁王像)が安置されています。上の階には縁がめぐらされ、石の五百羅漢が祀られています。

 秩父札所の山門の中でも、とりわけ豪華な門といわれます。仁王像は高さ約2.1mで、秩父札所で最も大きいとする資料もあります。

大わらじは健脚を願って奉納される

 仁王門には、長さ2mほどとされる大きなわらじが掛けられています。力強い仁王にあやかり、足腰が丈夫であるよう願って奉納されるものといわれます。悪いものを踏みつける力があるとする説明もあります。

本堂は江戸時代中期の三間四面の堂

 本堂は、仁王門から石段を上った先に建っています。江戸時代中期の建物で、正面・側面とも3間の三間四面です。様式は唐様(からよう)とされ、屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)です。

石仏は飢饉の犠牲者の供養などのために奉納された

 境内の石仏は、地蔵、観音、羅漢、十三仏などさまざまで、その数は1,300体を超えます。多くは江戸時代に、各地の信者が先祖や家族の供養のために奉納したものです。

 天明の飢饉の犠牲者を供養するため、古仙登嶽和尚が千体石仏の建立を発願したとされています。天明の飢饉は、天明3年(1783年)に始まった大飢饉です。発願は寛政元年(1789年)のことで、願いは7年かけて成就したと伝えられています。和尚は江戸を中心に各地を回り、寄進を募ったといわれます。

 寄進者は江戸や武蔵の人が多く、北陸・山陰・山陽など遠方の人の名も見られます。紀州や越前の大名家に縁のある人が奉納した石仏もあるとされています。

かつては3,800体ほどあったといわれる

 石仏は、かつては3,800体ほどあったといわれています。数が減った理由については、明治時代の廃仏毀釈によるとする資料や、斜面の崩落によるとする資料があります。

 境内には首のない石仏も見られますが、その理由ははっきりしていません。今残る石仏は、仁王門の階上から奥の院まで、寺のあちこちに祀られています。

寺は盆地と山地の境に建ち、崖に不整合が見られる

 金昌寺は、秩父盆地とまわりの山地との境目に建っています。寺で見られる崖は、下の部分が三波川帯(さんばがわたい)の蛇紋岩(じゃもんがん)で、約8,500万〜6,500万年前ごろのものとされます。上の部分は、秩父盆地の中にたまった約1,500万年前ごろの礫岩(れきがん)の地層です。

 年代の大きく離れた二つの地層が、あいだの時代の地層を欠いたまま重なっています。このような重なり方を不整合といいます。

 石仏の石材は、盆地の北西の隅にある岩殿沢から運ばれた凝灰質砂岩で、岩殿沢石といいます。大勢の人の手で運ばれたこの石は、「功徳石」と呼ばれたと伝えられています。

子育観音は母子の姿を刻んだ石仏

 本堂の回廊の右手には、子育観音と呼ばれる石仏が祀られています。慈母観音とも呼ばれ、ひざに抱いた赤子に乳を含ませる母の姿をしています。中国の宋の時代の仏像にならった「宋朝様(そうちょうよう)」の形とされ、境内の石仏の中でもよく知られた像です。

 この像を建てたのは、江戸時代の吉野屋半左衛門という人物と伝えられています。半左衛門は本尊の霊験で子を授かりましたが、その後、子と妻を相次いで亡くしたといいます。そこで生前の母子の姿を浮世絵師に下絵として描かせ、この像を建てて供養したとされています。

 子育観音は「マリア観音」と呼ばれることもあります。境内には、子育観音をうたった歌の額も掛けられています。

酒呑地蔵や亀ノ子地蔵も境内に並ぶ

 納経所の近くには、酒呑地蔵(禁酒地蔵)と呼ばれる石仏があります。酒樽の上にあぐらをかき、大きな盃を頭にのせて、手に徳利を持った姿です。酒の席で失敗した名主が、酒を断つ誓いとして石工に彫らせたものと伝えられています。

 本堂のわきの小さな堂には、亀の背に乗った亀ノ子地蔵が祀られています。

本堂の裏手から奥の院の岩屋へ道が続く

 本堂の裏手から坂道を上ると、六角堂があります。堂には、修験道の祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)の像が祀られ、江戸時代の作とされます。

 その先の石仏が並ぶ小道を進むと、奥の院の岩屋に着きます。岩屋には弘法大師の像が祀られ、まわりに小さな石仏が並んでいます。近くには「霊泉の井」と呼ばれる水があるとされています。

金昌寺の基本情報

金昌寺の基本データ

項目内容
札所秩父三十四箇所 4番
山号・寺号高谷山 金昌寺(こうこくさん きんしょうじ)
宗派曹洞宗
本尊十一面観世音菩薩
所在地埼玉県秩父市山田1803
電話0494-23-1758
拝観料無料
文化財秩父市指定史跡(昭和40年(1965年)指定)、札所四番石仏群は埼玉県指定有形民俗文化財(昭和34年(1959年)指定)
縁日・行事1月4日(四番初参り)、4月18日(観音縁日)、5月8日(降誕会)、春と秋の彼岸
駐車場あり(無料。普通車・マイクロバス可、大型バスは不可)

御詠歌は観音に二世の安楽を祈る

 金昌寺の御詠歌は、次の一首です。

あらたかに 参りて拝む 観世音 二世安楽(にせあんらく)と 誰も祈らん

 「あらたか」は、祈りへの効き目がはっきり現れるさまをいいます。そうした観音にお参りして手を合わせ、この世と次の世の二つの世の安らぎを誰もが祈ることだろう、という意味の歌です。

御朱印は境内の納経所で8時から

 金昌寺は、境内の納経所で御朱印を受けられます。

項目内容
受付場所金昌寺の納経所
受付時間(3〜10月)8:00〜17:00
受付時間(11〜2月)8:00〜16:00
昼休み12:00〜12:30
納経料(御朱印)500円
重ね印(2巡目以降)200円
休みなし(年中無休)

 御朱印には、右上に「秩父第四番」、中央に仏・法・僧を表す三宝印、左下に「高谷山金昌寺」の印が押されます。墨書は、右に山号の「高谷山」、中央に「新木大悲殿」、左に「金昌寺」です。大悲殿は、観音菩薩のいる場所を表す言葉です。

総開帳の期間中は記念印と散華がある

 令和8年(2026年)は、12年に一度の午歳総開帳の年です。期間は3月18日から11月30日までで、各札所で秘仏の御本尊が御開帳されます。期間中は、御本尊とつながる御手綱に触れることができます。

 御朱印には総開帳の記念印が加わり、御朱印を受けた人には散華が授与されます。2巡目以降の重ね印にも、記念印が押されます。拝観料はかかりません。

金昌寺バス停から徒歩約5分

交通手段経路
バス西武秩父駅から西武観光バス「定峰・皆野駅行き」で約20分、「金昌寺」下車、徒歩5分
徒歩3番常泉寺から約1.4km、20分ほど
車3番常泉寺から約1.5km、約3分

 バスは、2番・3番の最寄りの停留所と同じ路線です。帰りのバスの時刻も前もって調べておくと、計画を立てやすくなります。

駐車場は無料、大型バスは不可

 金昌寺には駐車場があり、料金はかかりません。普通車とマイクロバスが利用でき、大型バスは停められません。車で1番から順に巡る場合も、3番から3分ほどで着きます。

3番から約1.4km、5番語歌堂へは約1.3km

 3番常泉寺から金昌寺までは約1.4kmで、歩いて20分ほどです。常泉寺から横瀬川を渡り、道しるべに従って細い道に入ると、正面に仁王門が見えてきます。

 次の5番語歌堂までは約1.3kmで、歩いて20分ほどです。車なら約1.5km、5分ほどで着きます。5番の御朱印は、語歌堂の近くにある長興寺で受けます。前後の札所の歴史や見どころは、3番常泉寺の記事と、5番語歌堂の記事で紹介しています。

御本尊の撮影は禁止されている

 秩父三十四箇所では、すべての札所で御本尊の撮影が禁止されています。境内の石仏や堂の撮影は、現地の掲示や寺の案内に従ってください。

金昌寺の参拝記録

 実際の参拝記録をご紹介していきます。秩父札所4番 金昌寺には、2026年10月12日に参拝しました。札所1番 四萬部寺と札所2番 真福寺と札所3番 常泉寺と同じ日で連続でした!

大わらじの仁王門をくぐる

 大きなわらじが飾られている仁王門です。駐車場がすぐ近くにあり、納経所もこの近くにあります。本当に山門と行った感じです。

 一緒に敷地内に祀られている稲荷神社です。神仏習合を感じれて私は好きです。

 横に通常サイズのわらじがありますが、比較すると本当にこのわらじ大きいです。

ぼいど
ぼいど

ちなみにですが、秩父名物のわらじカツ丼との関係性は無いみたいです…。
有ると思ったんですが…。

石仏が並ぶ石段を上って本堂へ

 山門をくぐると、大量のお地蔵さまがお出迎えしてくれます。

 大小さまざまなお地蔵さまが、いっぱいいらっしゃいますね。参道を向いているのが多い気がします。

 階段のすぐ横にもいらっしゃるので、転ばないようにめちゃくちゃ真ん中を歩きました…(笑)

 参道を進むと横にお堂が見えてきます。

 私の調べ方が悪かったようで、こちらのお堂について詳細はわかりませんでした。

 下から見上げる形にはなりましたが、それを差し引いても大きかったです。多分「金昌寺」で一番大きいんじゃないかと。

 先程のお堂のすぐそばにいらっしゃる6人の仏さまたちです。

 一列に並んでおられました。ここから参道に戻ります。

本堂で参拝し、荒木丹下の縁起の絵を見る

 先程のお堂から参道に戻り、観音堂に向かって坂道を登っていきます。

 この仏さまの台座にかかれている文字を読み取りたかったのですが、ちゃんと撮影出来ていなくて、読み取りきれず残念です…

 御本尊との繋がれるお手綱です。正面から撮影すると、御本尊が写ってしまうので横からの撮影になりました。

 前の章で紹介しました「荒木丹下」作の観音霊験記のイラストです。観音堂に掛けられています。

回廊の子育観音を拝む

 子育観音です。あんまり女性の仏さまのイメージが無かったので、新鮮でした。前の章で書かれているような逸話を知った後だと、また違った見え方になりますね。

奥の院(弘法大師)へ

 先ほどの参道を戻り、別ルートを進みます。ちなみにですが、周辺に首がない仏さまが多くて結構異様な雰囲気があります。

ぼいど
ぼいど

夜には絶対に通れないですね…

 少し上の向いた仏さまです。妙な親近感と言いますか、親しみやすさを感じます。

 雰囲気が一変する場所に来ました。個人的には、お寺の敷地じゃなくて、何も知らない状態で、ここが登山道だったら引き返すレベルの、空気の変わり具合でした。

 こちらが弘法大師、空海の石像になります。空海の石像は、今後秩父三十四観音霊場でも出てきますので、お楽しみに!

ぼいど
ぼいど

空海に縁のあるお寺を88箇所集めた「四国お遍路」は、
人生で一回は行ってみたいです。
その時まで、ブログを行っていたら掲載します!

 帰り道に、ふと振り返った時の写真です。左側に向かって階段があるのですが、時間が無いのと、入ってい良いのか良く分からなかったので行ってません。

 参道まで戻ってきました!結構長くて、夏だと蜂とか生息してそうで、立ち入るのに勇気が入りそうだなと思いました。

酒呑地蔵を見て、納経所で御朱印を受ける

 私は下戸であんまりお酒を飲めないんですが、お酒飲みのことをコミカルに表現していてこの石像かなり好きです。

 山門の上にも、仏さまがいっぱいいらっしゃいます。西国の文字は読めるのですが、その下が角度的に読み取れなかったです。

ぼいど
ぼいど

撮影している時は、読み取れる角度だと確信しているんですけどね…(笑)

 こっち側にもいらっしゃるので、多分四方にいらっしゃるんでしょう。

 山門にまで戻ってきました。最後に納経所で、御朱印いただいて終了です!お疲れ様でした!!

金昌寺がおすすめな人

石仏をじっくり見て歩きたい人

 境内には、地蔵や観音、羅漢など、1,300体を超える石仏が並んでいます。仁王門の五百羅漢から奥の院の岩屋まで、表情や姿の違う石仏を見ながら一巡できます。

札所の縁起や伝説に関心がある人

 荒木丹下の縁起は、長享の番付の札所名「荒木」や、御朱印の「新木大悲殿」の墨書とつながっています。本堂には縁起の絵もあり、札所に伝わる話を確かめながら参拝できます。

子育観音の石仏を拝みたい人

 本堂の回廊には、母が赤子に乳を含ませる姿の子育観音が祀られています。妻と子を亡くした人が供養のために建てたと伝えられる像で、その由来を知ってから拝むと印象が深まります。

1番から順に、無理なく札所を巡りたい人

 3番常泉寺から歩いて20分ほどで、御朱印も境内で受けられます。無料の駐車場があり、5番語歌堂へも1.3kmほどです。1番から5番までを1日で巡る計画にも組み込みやすい札所です。

参考資料

  • 4番 金昌寺/秩父札所連合会/https://chichibufudasho.com/fudasho/kinshoji/ /確認日:2026年10月26日(本尊、宗派、御詠歌、長享番付、仁王門と大わらじ、石仏の数とかつての数、石仏の発願と天明の飢饉、寄進者、子育観音の場所・姿・由来、亀ノ子地蔵、禁酒地蔵、縁日・行事、所在地、電話、駐車場、バス、3番からの時間)
  • 札所一覧/秩父札所連合会/https://chichibufudasho.com/fudasho/ /確認日:2026年10月26日(3番からと5番までの距離・時間、5番の納経所)
  • よくある質問/秩父札所連合会/https://chichibufudasho.com/faq/ /確認日:2026年10月26日(受付時間、御朱印料、重ね印、定休日、駐車料、入山料)
  • 御朱印解説(PDF)/秩父札所連合会/https://chichibufudasho.com/wp-content/uploads/2025/09/御朱印解説.pdf /確認日:2026年10月26日(御朱印の印と墨書、新木の地名)
  • 午歳総開帳/秩父札所連合会/https://chichibufudasho.com/soukaicho/ /確認日:2026年10月26日(御開帳、御手綱、記念印、散華、重ね印の記念印、拝観料)
  • 秩父札所午歳総開帳 特設サイト/秩父札所連合会/https://event.chichibufudasho.com/ /確認日:2026年10月26日(総開帳の期間)
  • 秩父札所連合会 公式Instagram(@chichibufudasho)/秩父札所連合会/https://www.instagram.com/chichibufudasho/ /確認日:2026年10月26日(御本尊の撮影禁止)
  • 札所4番 高谷山 金昌寺/秩父市/https://www.city.chichibu.lg.jp/4400.html /確認日:2026年10月26日(山号のよみ、市指定史跡と指定年、県指定の石仏群、本堂の規模・様式・時代、仁王門と階上の五百羅漢、本尊の高さ・時代、慈母観音)
  • レンタカーで秩父札所巡り(札所1番から7番)コース/埼玉県/https://www.pref.saitama.lg.jp/b0112/kanko-tiiki-info/renta8.html /確認日:2026年10月26日(石仏の発願と天明の飢饉、かつての数、マリア観音の呼び名)
  • 秩父札所 4番 金昌寺/秩父札所 おもてなし(多言語サイト)/https://www.chichibu-omotenashi.com/fudasho/fudasho34/temple_04/ /確認日:2026年10月26日(石仏が失われた理由の一説、マリア観音の呼び名、酒呑地蔵の由来、大わらじのいわれ)
  • 金昌寺(秩父三十四所観音霊場・札所4番)/ニッポン旅マガジン/https://tabi-mag.jp/sa0040/ /確認日:2026年10月26日(石仏の発願、寄進者、禁酒地蔵、本堂の様式、仁王門、本尊の高さ・時代、『観音霊験記』の縁起、バスの所要時間)
  • 小林祐一『秩父三十四ヶ所 札所めぐり 観音霊場巡礼ルートガイド 改訂版』(メイツユニバーサルコンテンツ、2022年)(仁王門の楼門形式・仁王像の大きさ・大わらじ、石仏の種類・数・発願と成就までの年数・寄進者・廃仏毀釈の一説、首のない石仏、酒呑地蔵、亀ノ子地蔵、本堂の位置と宝形造、荒木寺・新木寺の別名、荒木丹下の縁起、子育観音の由来とマリア観音の呼び名、六角堂と役行者像、奥の院の岩屋と弘法大師像、霊泉の井、3番からの道、バスの所要時間)
  • 秩父市教育委員会 現地説明板「市指定史跡 札所四番 高谷山 金昌寺」(2026年10月 筆者撮影)(市指定と指定年、県指定の石仏群、本堂の規模・時代、本尊の高さ・時代・行基作の伝承、石仏の寄進者の広がり、子育観音の宋朝様の形式、荒木丹下の縁起)
  • 秩父まるごとジオパーク推進協議会 現地説明板「札所四番金昌寺石仏群と不整合」(2026年10月 筆者撮影)(石仏群の県指定の名称と指定日、石仏の数、寛政元年の発願と成就までの年数、崖の蛇紋岩と礫岩の年代、不整合、盆地と山地の境目、石材の岩殿沢石と功徳石の呼び名)
  • 金昌寺 境内の掲示(2026年10月 筆者撮影・確認)(子育観音の歌の額、本堂の荒木丹下の縁起の絵)

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